戸塚刺しゅう師範2級
舛屋 喜美子さん Kimiko Masuya
秋田市桜ガ丘

 「おじゃまします」と玄関に入った瞬間から、舛屋さんの世界は広がっている。客を迎える玄関のマットとして、座布団として、もてなしの菓子を乗せるテーブルクロスとして。舛屋さんの刺しゅうは、さりげなく暮らしの中にとけ込んでいる。実用品に何気なく彩られたステッチは、見る者の心に華を添える。

刺し方は無限大

 「戸塚刺しゅう」といえば、全国を九ブロックに分け六十の支部を置き、フランス刺しゅうを元とした独自のステッチを継承する刺しゅうのグループ。舛屋さんが戸塚刺しゅうに出合ったのは、函館で暮らしていた時。それまでは趣味と実用を兼ねて、ワンポイント刺しゅうをたしなむ程度だった。「基本は、まず布の目を数えること」。「目」とはつまり、布を構成する糸が縦横に交差してできる、何ミリという細かい格子のこと。次に、図案を見ながらこの部分は何目分、と計算しながらステッチを刺していく。気が遠くなるような作業だ。しかし、だからこそきめ細かな、まるで絵のように完成度の高い刺しゅうとなる。「刺し方は無限大。あとは、糸の太さと四百二十四色の色をつむぎ合わせて、印象を変えていくんです」

「達成感」が魅力 

 どちらかというと、舛屋さんの作品は和風。モチーフは自然を対象にしたものが多く、中でも難しいのは「鳥」だという。「翼の部分は細い糸で丁寧に刺して、羽根が重い感じにならないように気を付けています。一針刺すたびに息を止めてる感じ」。さぞかし気を使う作業なんでしょうね、と問うと、「失敗してもほどけばいいんだから。いくらでも刺し直しがきくのよ」と逆にあっけらかんとした答えが返ってきた。細かい配慮と固執しない気持ち。それが作品にも反映されている。掛け軸などの大作になると一年がかりだが、完成したものを見ながら「よくできたなあ〜」と達成感に浸る瞬間が最高だという。 

刺しゅうがつなぐ縁

 戸塚刺しゅうを始めて二十五年。ご主人の定年後、秋田に移り住み七年。その間、自宅で教室を開くようになった。この秋には、町内の老人クラブで刺しゅうを教える予定もあるという。
 「戸塚刺しゅうは全国規模。だから、直径10cmほどの輪と針と糸さえあればお友達になれる。針と糸が、人をもつなぐのよね」