自由気ままな心のアート
淡い桜色や透明感のある水色など、マリー・ローランサンの絵画を思わせるテキスタイルを、小さな空間に構成した。コサージュやミニストールから、タペストリー、ランプシェード、アート作品まで。見る人は作品に近づき、手を差し伸べて触れてみる。そして、レースのような繊細な糸の絡み合いと、編み物のような質感に心を奪われる。この夏、アトリオン(秋田市中通)で開いた「テキスタイルアート展」でのことだ。
“編む”でもなく、“織る”でもない。フリーレースは、糸という素材をシートの上に置くことの繰り返しから出来る。まだ生まれたばかりのこの技法には伝統や決まり事がまるでない。自由気ままに、心のおもむくままに指を動かすことで、意匠撚糸の多彩な表情が生かされる。「私は型にはまったことが嫌い。だから、変化のあるフリーレースが楽しくて楽しくて…」。菅原さんの遊び心は野山から木の葉の陰へ、空の彼方へ。糸を操りながら空間を自由に駈け巡る。
秘密は、水に溶ける粘着性シート
編まなくとも、不思議なまでに絡み合う糸の種明かしは、水に溶ける粘着性シート。生みの親は、菅原さんが師事するテキスタイル・デザイナーの荒木和子さん。水に溶けるシートに糸をはさんで作るテクスチュア(生地)を改良し、接着剤付きの水溶性シートを考案。糸を使ってだれにでも簡単にできるレースを「フリーレース」と命名した。
用意するのは、このシートと数種類の意匠撚糸、そしてミシン。シートの粘着面を上にして広げ、太めの糸を置いて外側の枠を作る。後は気の向くままに、四、五種類の糸を心の風景に沿ってシート上に描いていく。この時、それぞれ風合いの違う糸を使うと変化を楽しめる。糸によるデザインの後は水溶性のフィルムシートをかぶせ、段染めのミシン糸などでミシンをかける。縫い合わせたら、水に浸すこと約三十分。シートは水に溶け、美しく絡まり合った糸が姿を現す。春夏秋冬の景色や心模様を映した糸に命が吹き込まれ、テキスタイルになる瞬間だ。
糸に夢を織り込んで
「糸に囲まれて育ちました」と話す菅原さんとテキスタイルとの出合いは宿命的。編み物を教えていた母親は、ただ編むだけでなく毛糸で絵を描くなどの工夫を楽しむ人だった。女子美術短大の服飾美術科を卒業後は日本ヴォーグ社に勤務。秋田に戻った後も、月に一度は上京してテキスタイルの第一人者に師事してきた。
「イメージしたものを表現する訓練は積みました。でも、もっと変化があって、動きのあるものを作りたかった…」。好きな編み物を続けながらも、どうしてもやり切れなかった思いがフリーレースによって報われた。より多彩な形、色、テーマへ。重ねることで玉虫色を帯びていく糸に、菅原さんの果てしない夢も織り込まれていく。
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