たとえば、玄関に花が飾ってある日と、飾っていない日とでは、
その日の幸福度がまったく違うような気がしないだろうか。
ささやかではあるが、身のまわりに好きなものを飾る行為は、
何にも代えられない楽しみである。
成沢さんの場合、それが「ヴィクトリアン・クレイジーキルト」だ。

クレイジーキルト作家 成沢 律子さん Ritsuko Narisawa
(キルトサロン Rina)
秋田市保戸野桜町9-4

19世紀英王朝のムード

 クレイジーキルトとは、普通のパッチワークのように1ピースの形を決めず、不規則な形と配列で縫い合わせていくキルトのこと。そのモチーフに、イギリスがもっとも華やかなりし一九世紀ヴィクトリア王朝代をほうふつさせる装飾や模様を用いるのが、「ヴィクトリアン・クレイジーキルト」だ。瀟洒(しょうしゃ)、華やか、アンティークテイスト、という言葉がしっくりくる。レースに縁どられ、リボンで飾られ、ビーズ刺しゅうがきらめく、遠い日の夢のようなキルトたち。少女時代のときめきを淡くしのばせながらも、どこか洒脱(しゃだつ)で甘くなりすぎない、大人にこそ似合うキルトだ。

「私らしさ」をちりばめて

 「キルトは、私が自分らしさを表現できる唯一の方法です」。成沢さんは、素朴なカントリーテイストが主流であるキルトの世界に、ヴィクトリアンテイストを持ち込んだ先駆け。十八年前からパッチワークを始め、洋書で見たヴィクトリア調のキルトに衝撃を受けて以来、オリジナルのデザインを考え試行錯誤を繰り返してきた。その独創性は、既成の枠を飛び越えても良いものを作りたいという、クレイジーキルトの特徴にも似ている。チェストいっぱいに詰まった転写プリントの施された布、レース、ボタン、リボン、縁飾り…仕事道具であり、宝物であるそれらをちりばめて、一針一針大切に縫い止めていく作業。制作には想像を絶する時間を要するが、「たとえ端切れでも、好きな布やレースに出合ったとき、これをどう生かそうか、どんな手法でヴィクトリアンテイストを取り入れようかと考えます。あれこれ悩む時間もまた楽しみなんですよ」。

小物づくりに夢中

 ベッドカバーやタペストリーといった大作よりも、今は身のまわりにあって生活を潤してくれる小物づくりに夢中という成沢さん。ピンクッションにポーチ、サシェ…。小物といえども、細かいからこそビーズ刺しゅうやリボンワークにも手が抜けない。お気に入りの作品は、玄関や部屋のコーナーに飾って至福のひとときをかみしめている。「素敵!とおほめいただくとうれしい。でも、どれも自分の子どものようで誰にもあげられないんです」。部屋を見回すと、3つある作品棚も作品でぎゅうぎゅう詰め。成沢さんにとって、キルトは「幸せの青い鳥」なのだ。