「生花かな」と、見間違えてしまうほどに精巧なクレイフラワー。
質感、色彩、花姿、すべてが生花に限りなく近く、
それでいてどこか違う存在感。
細やかな観察と時間を積み重ねて、自分の手で花を作り出す。
まるで、地上の創造主になったように。

ベル クレイ フラワー 高橋 百合子さん Yuriko Takahashi
I.C.F.A(インターナショナルクレイフラワー協会) 認定講師
秋田市手形田中3-25

花に自分を重ねる

 優美な曲線を描く花、カラー。筒状に包み込むような花姿はしなやかで、うっとりとする。しかし、高橋さんが作り出すカラーはどこか違う。
 表紙の写真を見てほしい。花を包み込む筒状の黄色い花苞の先端を赤く染め、踊るかのように大胆にしならせて、冬枯れの枸橘を後ろから絡ませる。花の違った一面に出合う。「樹脂粘土をこねて作っていくうちに、本来のカラーのイメージとは別に、自分の思いが入り込んだようです。純白は私の色ではないな、と。出来上がった花をアレンジしていくなかで、大胆にしならせていきました」。
 色合い、質感とも本来の花のようでありながら、自分でいかようにもイメージを変えられるのがクレイフラワーだ。

自分の手で生み出す

 ロマンドールやパンフラワーに魅せられたこともあったが、ご主人の転勤に伴って、千葉、大宮など住まいを変えていくうちにクレイフラワーを知る。花のアートのとりこになって十五年。東京・神田の専門学校で学んでいた時期も含めると、作った花の数は百種類を優に超えている。「花の図鑑を見ていると、緑の中で目立たず地味に咲いている花に、なぜかとても引かれる瞬間がある」。洋花であれば、華やかな本来のイメージをいかに損なわずに仕上げるか。和花であれば、細かい仕組みから一本の立ち姿までが難しい。「花の数だけ、未知の世界があるんです」。
 樹脂粘土は、一般の粘土と違って手触りが良く、固まったときの質感が軽やか。これをこねて淡く着色し、花びら、花芯、萼、茎など本来の姿を再現するかのように指先で形づくり、乾燥させて色を塗る。花の根の方から先端まで通したワイヤーが、アレンジを自由にしてくれる。「膨大な時間がかかりますが、そんな手間がいとおしい。だから、花を自分の手で生み出すのがやめられない」。


生花を超える存在

 現在、教室は秋田、大曲、大館、仙台の四カ所。習い始めたばかりの人も、例えば八年目の人も、「同じ気持ちで花に接しているのでは」と言う。時間をかけ、手間を愛し、自分の手で花を作る。プロセスを経ながら続けていくと、自分の好きな花がいつの間にか作れるようになっている。「そこまで導くのが私の仕事」と厳しさをのぞかせる。
 クレイフラワーは、生花とは違う。限りなく生花に近づけながらも、自分を投影したイメージの花を作り上げるものだ。その時はじめて、鮮やかな色彩として、花という存在として、生花を超えた「花」になる。部屋には、カラー、ムスカリ、桜、ポピー。春のにおいが漂っていた。