斧折樺、オノオレカンバ。言葉の奇妙な響きが興味をそそる不思議な木。
 透明感のあるつややかな褐色の木肌と、なめらかで美しいフォルムが特徴。
触ってみると堅くて重い。密度があって、質感があって、手にしっくりとして愛おしくなる。

AKITAアートフォルム 橋野 浩行さん Hiroyuki Hashino
I.C.F.A(インターナショナルクレイフラワー協会) 認定講師
鹿角市十和田大湯 http://www.ink.or.jp/~akitaart/

堅くて重い木の魅力

 斧折樺(別名アズサミネバリ)は、北上山系などの山肌に自生する落葉高木。その名の通り斧が折れるほどに堅く、水に沈むほど比重がある。過酷な環境に生きるため年に0.2ミリほどしか太くならず、その生長はきわめて遅い。それゆえ、ほかの木には見られないほど密度が高く、堅くて丈夫な組織が出来上がる。
 橋野さんと斧折樺との出合いは二十年ほど前、岩手で家具の商品開発をしていたころ。削ってみて、驚いた。「なんて堅い木なんだろう」。闘争心に火がついた。
 軟らかい木より堅い木、加工しやすいより加工しづらい木質に果敢に挑みたくなるのが橋野さん。印鑑やソロバンなどに使われることが多かった木を靴べらや靴べらスタンド、しゃもじ、カトラリーセット、一輪挿しなどに加工した。木質を生かした伸びやかで美しいフォルムと大胆な発想を駆使し、やがて“靴べらの橋野”との定評を勝ち得た。


靴べらスタンドの誕生

 靴べらは、長いもので約七十センチ。この長さは当時、事務所の玄関が狭すぎたことから生み出された。これに靴型のスタンドがあることも橋野作品の特徴のひとつ。それはある日、お客さんに長い靴べらを「一輪挿しに入れて立てて、玄関に置きたい」と要望されたことに始まる。これをきっかけに発想を変え、靴型のスタンドを作って靴べらをさし込む造形的なスタイルが出来上がった。
 橋野さんはこれまで、ドイツ、ソウル、札幌、東京、京都など各地の展示会に出展。多くの人と出会うことで、新しく生まれるデザインがある。「生活スタイルを提案させていただきたいとの思いが根本にある。お客さんのアイデアや生活スタイルを形づくるのがアートフォルムの考え方。自分は“手”にすぎないんです」。人と出会い、話し合い、形づくって、発信する。そうすることで「今求められているものは何なのかが分かる、自分の限界も知ることができる」と厳しい一面をのぞかせる。


「感動買い」を求めて

 橋野さんの作品は、木目が堅く引き締まった斧折樺をグラインダーで丹念に削り、サンドペーパーを使って美しい曲線を帯びたフォルムに仕上げていく。いずれ、斧折樺は、目にすることさえ難しくなるだろうと予想される貴重な木。入手も加工も難しい木を使って三次元的な造形にこだわり、メッセージ性や精神性が吹き込まれた「ほかにはないもの」を作るのが信条。「衝動買いでなく、感動買いできるものを─」。斧折樺の木質にも似た、堅い決意が北の大地にあった。