「ディスプレー」という言葉には、展示するという意のほかに
「感情を表す」という意味がある。
お店の雰囲気をぴったり表現していながらも、
作り手らしさがにおい立つその一隅に、誰もが足をとめずにはいられない。
ディスプレーコーディネーター
伊勢 香織
さん Kaori Ise
大曲市船場町

気持ちに入り込む

 あ、もうすぐ春なんだ。
 ここは、ショッピングビルの一隅。とくに桜が飾られているわけではない。やわらかい曲線や明るい色で構成された抽象的なディスプレーが、それとなく春のきざしを伝えている。
 そんな風に、気持ちの中にふわりと入ってくるディスプレーが、伊勢さんの持ち味であり、スタイル。「たとえば、空を見て『きれいだな』って感じる時は、心の余裕がある時だと思うんです。通りかかった人が見て、理屈抜きにそう感じるものを作れたらいいですね」


先入観をゼロにして

 制作にあたって、まず伊勢さんが試みることは、その場に立ってみること。先入観をゼロにして、そこに何が見えてくるのか、気のすむまでぶらぶらしてみる。すると、それまで自分の中に蓄積されてきた情報が、パッと糸でつながる瞬間があるそうだ。
 アイデアをスケッチしたら、つぎにどんな素材を用いるのか吟味。ここには竹を、そこには麻を巻いて軽さを出したいな…。部品はあらかじめ手づくりしてゆき、現場ではバランスを考えながら、わずか一日で組み立てる。150cmもないきゃしゃな体で脚立にがしがしと登り、あの空間を作りあげているなんて、ちょっと想像がつかない。

常に変化するものを

 商業施設を飾る性格上、伊勢さんの作品は、長くはその形をとどめない。「ディスプレーは、常に変化していかなければならないもの。ひとつ終われば、ためらいなく外してしまいます」
 けれど、その分鮮烈に、見る人の心に刻まれることも確か。はかなくも印象に残るもの、それは花の一生のようでもある。
 何を見てもアイデアの種にしてしまうという伊勢さん。きっと、光のうつろいといった目に見えるものばかりではなく、風のゆらぎや季節の音といった肌に感じることすべてが、あの素敵な空間の素になっているのだろう。それらが伊勢さんの感性を透過するとき、私たちはまたひとつ街角で、胸ときめくディスプレーと出合うことになるはずだ。