古いかやぶき屋根の民家を改築して造られた、工房「北の仲間たち」は、
周囲の木立や田畑に溶け込むように建っていた。
近くには田沢湖もある。自然深く、のどかで、伝説や民話が多く語り継がれる
この土地は、杉山さんの土鈴作りに欠かせない要素になっている。

土鈴・土人形作家 工房 北の仲間たち 杉山 ハヤトさん Hayato Sugiyama 仙北市田沢湖
http://www.kitano.ouchi.to/

幸せへの願いを込めて

 土鈴の歴史は古く、縄文時代には既に作られていたとされる。人々は、カラカラと響く素朴な音色に、邪悪なものを払う力を求め、幸せへの願いを託してきた。やがて形や題材も多彩になり、社寺の祭具、縁起物、えと物、郷土玩具などとして普及した。江戸時代の国学者、本居宣長が愛したことでも知られているが、時代の移り変わりに関係なく、今でも全国に愛好家や収集家は多い。「土鈴は庶民的で素朴。派手になりすぎないからいつの時代も愛される」と杉山さんは分析する。杉山さんが作っている北浦土鈴は、一つ一つの作品に込められた物語や表情豊かな地域色が面白い。果物を題材にした土鈴について尋ねると、「実の部分が大きく、実りがいいものだから、夢が実る(叶う)ようにとか、子孫繁栄を意味している」という。人の願いや心に触れるものだからこそ、時間をかけた手仕事にこだわる。「量産を求めた結果、質が落ちて中身がなくなれば価値もない。素朴で温かくて手をかけたものを、田舎のこの地で作るから独特の味わいが増す」。利便性を追求する時代の流れに逆行するように生まれる作品は、純朴で優しい。

素朴さを大切にする意味

 「今があるのは、ストイックな物を作っていた反動かもしれない」と杉山さんは話す。郷里である田沢の地に戻って十年を越えた。都会的なものに憧れて田舎を飛び出し、現代美術にどっぷりと浸かっていた時代もあった。その概念は突き詰めれば突き詰めるほど合理的な感覚にたどり着いた。すると、ある瞬間、自分のやっていたことに「終わりを感じた」という。気が付けば、憧れていたはずの都会で泥くさいにおいを求めていた。その時、敬遠していた田舎の自然や精神文化が、現代的な物より新鮮な価値観として目に飛び込んでいた。何げない説話に込められた畏敬の念やいわれは日本人の深い精神世界を象徴するもので、知れば知るほど興味深いという。「自分たちが誇れる精神的価値を自ら表現することで、ほかに無いものができる。今までにない新しい視点から地域を考えるのも面白い」。手法は昔のままに、新しいものを─。北浦土鈴の鈴の音は地域の希望の音がする。