ペガサス座、アンドロメダ座、ペルセウス座、くじら座…。
ギリシャ神話が奏でる星が秋風のなかに展開する。化け物(くじら座)へのいけにえとしてささげられたアンドロメダ姫(アンドロメダ座)。その鎖に繋がれた姿が、ぼんやりと見え隠れするかのように星はつらなる。
秋の夜空に明るい星は少ないが、控えめにきらめく星々は神秘的。そのアンドロメダ座にかすかに浮かんで見えるのは、地球から230万光年もの距離にあるアンドロメダ銀河。雲のように、かすみがかったように見える銀河を眺めていると、はてしない宇宙の旅へと誘われる。
宇宙のはてはどうなっているのか。地球は、人は、どのようにして生まれてきたのか―。
宇宙の成り立ち知る
「これは、銀河の渦巻きができ上がっていくところ。実際にどんなことが宇宙で起こっているのかシミュレーションしてみました」
秋田市で開かれた講演会。ハワイから訪れた天文学者が示すスクリーンの映像に、子どもたちのまなざしが吸い込まれていく。
銀河の種はぶつかり合い、食べ合って大きくなり、あるいは吸い込まれながら宇宙に渦を巻いていく。小さな銀河は飲み込まれ、吸収合併を繰り返してやがて大きな渦巻き銀河ができていく。何十億年もの銀河の成り立ちを二分間にまとめた映像を見ていると、見上げる空のどこかで起こっているとは考えにくい。現実とかけ離れた世界、けれど確実に宇宙で起こっている現象に圧倒される。
「これは生まれたばかりの赤ちゃん星。これは、自分の材料となる宇宙のちりやガスをもけり飛ばすほどの血気盛んな星。星の年齢で温度も違い、クールな星に、おしゃれな星もある。例えば、オレンジ色の太陽は仕事盛りの約50億歳。星にはそれぞれ性格があって、それぞれが生きている」
宇宙の不思議は、生命の不思議。話に引き込まれるうちに、宇宙も人間世界も同じもののように思えてくる。この宇宙の宝石箱のなかから、地球は、人間は、まぎれもなく生まれてきた。
「人間が時代によって宇宙の成り立ちをどう考えようと、地球は変わらず回り続けているんですよ」
山頂望遠鏡で観測
ハワイ島マウナケア山の山頂。つづら折りの山道を登った頂上は、富士山より高い4,200メートル。赤茶色を帯びた火山性の岩と火山灰に覆われ、山頂には草も木も生えない。常夏の島のイメージとは異なる景色の中に世界十一カ国十三の望遠鏡が集まり、宇宙観測基地を形成する。
標高3,000メートルには宿舎があり、望遠鏡で観測をする職員は夜、山頂に登る。そこは雲の上、星が満天に降りそそぐ地。宇宙のはてと地球とをつなぐマウナケア山、そこに「すばる望遠鏡」はある。
林さんがここに赴任してきたのは1998年。それ以前から「すばる望遠鏡」の建設に関わり、世界一よく見える大望遠鏡を目指してきた。
「日本の研究者は未熟。日本人にそんな望遠鏡が造れるはずがない」
各国にそう言われ、悔しい思いをしたこともあるという。部品は太平洋の各地で造られ、国内でも組み立てられ、ハワイ島マウナケア山へと運ばれた。宇宙からの光や赤外線を集める主反射鏡は直径八メートル余りの一枚の大きな鏡。そんな望遠鏡を包み込むドームの高さは約四十三メートル。荒涼たる山の上に巨大な観測所を造るには、多くの人の協力と信念が必要だった。大工事の末、すばる望遠鏡は完成した。紆余(うよ)曲折の一部始終を知るひとりとして、林さんの一言一言が意味するものは重い。
SF好きが天文学へ
林さんは子どものころから宇宙にあこがれ、天文学者を目指していたわけではない。中学、高校では吹奏楽に明け暮れ、アメリカの作家アイザック・アシモフをはじめとするSF小説に夢中だった。いま思えば、SFへの興味が天文学への原動力だったのか。そのころアポロ11号が人類初の月面着陸に成功し、宇宙はバーチャルではない現実の世界へと変わっていた。林さんはその後、物理や科学の面白さを知り、研究者への道へと進む。
「天文学者とはいうけれど、私はあくまでもプロジェクトの一員。ハワイではアメリカ風のごく普通の暮らし。連れ合いも地元の行事や学校行事への参加、家事などもしています。家にはエイリアンがふたりいますよ」
小学生の男の子二人と、ハワイ観測所所長を務める夫との四人暮らし。観測所では、すばる望遠鏡が観測する環境を整えるためのメンテナンスや見学の案内、広報活動に携わる。
「研究するだけでなく、観測はいろいろな人が関わって、チームワークで行うもの。私たちは太陽系以外の惑星系を探すチームなんです」
また他のチームはこれまで、最も遠くの天体を見つけ、最も遠い銀河団を発見した。はくちょう座方向には、太陽の二十倍もの重さを持つたくさんの赤ちゃん星がガスを噴きだしながら生まれているところを突きとめた。くじら座方向には、銀河の誕生と深く関わる巨大ガス天体を発見した。
宇宙のはるかかなたを探る旅。すばる望遠鏡と各国の望遠鏡が競い合う宇宙の謎解きは、探れば探るほど深くなる。
日々のデータ積み重ね
「宇宙はおよそ百五十億年前、ビック・バンと呼ばれる大きな爆発で広がったといわれています。そして、地球が生まれた。何で生まれたのか、どのようにして生まれたのか。その時代に応じて答えはあったけれど、本当のところはまだだれも知りません。私たちも、それが知りたい」
「日本人に、できっこない」。かつてそう言われながら、次々と新たな発見を続けるすばる望遠鏡。まだだれも見たことのない宇宙のはじまりと地球のはじまり。その答えを、「すばる」は突きとめることができるのか。
「それには日々の努力が大切。観測したデータを決しておろそかにしないこと。科学者にとって、最も重要なことです」
小さな一歩が、新たな飛躍へとつながる。
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