ジョエルタイトル

 クリスタルの輝きのような透明な響きが空気を震わせる。清らかに澄んでいて、伸びやかに広がるかと思えば繊細に揺らめく─。
 ニュージーランドへの移住から2年の歳月が流れた2013年11月。秋田市のアトリオン音楽ホールで「Joelle Concert 2013」が開かれた。ピアノの弾き語りでしっとりと静かに、でも力強く歌ったのは、でき上がったばかりの曲「Give Me Tomorrow」。新しい生活を送る中で自分を見失い、それでも歌いたいと願ってピアノに向かったときに自然と生まれたメロディーだ。
勇気があれば
悪魔にだって打ち勝てるはず
自分の足で立つことができなくなったら
あなたを永遠に失ってしまう
微かな生きる目的までも失ってしまうわ

ジョエル2歌を休んで母親に
 好きな歌手と同じ名である「ジョエル」と名付けた父の影響で、子どものころから歌が好きだった。同級生は皆、光GENJIはじめアイドル・グループに夢中だった時代。ジョエルはジェームス・テイラー、マイケル・ジャクソン、ビリー・ジョエル。そしてエンヤ、マライア・キャリー、セリーヌ・ディオン、リサ・ローブ。「泣ける歌」「感動できる歌」を聴きたくて、夜な夜な布団の中でヘッドホンを耳に当てる日々…。
 「あのころ聴いていた歌を口ずさむと、そのころの自分を思い出します。純粋な気持ちに戻れるみたい」
 自分自身を冷静に見つめられるようになったのは最近のこと。家族でニュージーランドに移住する前後の数年、大きな転換期を迎えていた。
 「Lucky Maria」でメジャーデビューして以来、CMソングや歌番組、ライブなどで活躍していた音楽活動に区切りを打ち、11年11月に移住した。その少し前、ジョエルは子どもを授かった。不妊治療に苦しんだ末、夫婦で決断したのが養子を迎えるというスタイル。授かった子どもの背景すべてを受け入れ、念願の母親になった。
 「両親に恵まれなかった子どもと、子どもに恵まれなかった私たちが巡り会って、家族になれた。これは『奇跡』。どんな状況でも私たちはこの子を守って、どんなときにも愛を注いでいく。日本を離れることになって歌はお休みするけれど、私はお母さんになれるんだ─」

苦しむ中で感じた幸せ
 そんな思いを抱いて向かったニュージーランドで待ち受けていたのは、慣れない生活や予測できなかった壁。新しい仕事の重圧を感じながらも目標に向かって頑張る夫とは対照的に、自分は取り残されていく感覚。楽しい子育て生活とは裏腹に、マイナス思考の自分がいた。
 「時間はたっぷりあるのに心に余裕がなかった。たまに口ずさんだりピアノを弾くことはあっても、ほとんど歌を歌わない生活。日本にいたときは常に居場所があって楽しかったのに」
 そんなある日、夫が言った。
 「今、幸せに生活しているじゃないか。どうしてそれを感じてくれないの? 幸せを自分にも与えてあげたら?」
 その言葉をきっかけに心に変化が訪れる。初めて静かに、真摯に、自分の内面と向き合ったのだ。
 「私は本当はもっと活気があって、明るい人間だったような気がするんです。思いを巡らせる中で、デビューに行き着くまでに病んでいた時期があったことを思い出しました。事務所が決まり、オファーがきているにも関わらずいつデビューできるか分からない不安、強いられていたダイエットのこと…。はけ口を求めて、私は摂食障害に陥っていました。そのころの私も、思いは強いけれど、うまくいかないことを嘆いていた。ぽっかりと心に穴が空いているようで訳も分からず涙が流れていた。今は主人に支えられ、息子にいっぱい愛をもらって生かされているのに。物事をうまく昇華していく方法が分からず、前に突き進むことができずにいた10年間でした。自分が幸せを感じられないで、人に幸せを与えることなんてできなかったんですよね」
 そして、次第に日々の思いや言葉の数々が変化していく。
 「私はたくさんの人に支えられて、人と音楽に生かされている。歌いたい。歌を歌って、強く生きたい」

ジョエル1愛のある歌を届けたい
 ちょうどその頃、音楽ユニット「サウンドホライズン」から、さいたまスーパーアリーナで行われるイベントへの参加依頼が舞い込む。それに合わせるように秋田でもサポーターが結集してコンサートを開くことが決定。秋田に住む母の「じゃあ、CDを作らなくっちゃ」の一言で、ニュージーランドの自宅でレコーディングが始まった。
 「ひとりになると、どうしても不安に押しつぶされそうになる。歌いたい。けれど、どう歌い続けたらいいか分からない。頑張ることにも勇気が必要です。越えなければいけないことも出てくる。でも応援してくれる人に私は恩返しをしたい。この人たちがいたから私は前に進めて、生きていける。だまれと言われても歌い続けていた子どものころの無邪気な心、歌に対する純粋な気持ちを思い出しました。人を癒し、共感してもらえる歌を歌いたい」
 Music is Love.
 ずっと心に抱いてきた思いだ。愛のある歌を届けていきたいという願いがさらに強くなったという。
 「歌手として一曲一曲に思い入れはありますが、今回、包み隠すことなく自分の心境を真っすぐ音楽にできました。自分を客観的に見ることができて、つらかったなぁ、こういうふうに感じていたんだなぁと、ふうっと言葉が浮かんで、メロディーが出てきて、5分でできたのが『Give Me Tomorrow』。毎日毎日、生きていていいのか嘆いていた私の姿です」
 観客から「気持ちがとても伝わってきた」「泣けました」という反応が多かったアトリオン音楽ホールでのコンサート。「Give Me Tomorrow」のすぐ後、4歳の息子・ディーンくんがステージに現れ「I LoveYou」を一緒に歌った。愛する家族と共に、歌い続け、強く生きていく決意を誰もが感じたことだろう。新たなをスタートを切った瞬間だった。
(2014.2 vol104 掲載)
Joelle(ジョエル)
1980年アメリカ・ソルトレイクシティ生まれ。アメリカ人の父と日本人の母を持つ。1歳で秋田市へ移住。聖霊女子短期大学付属高等学校、ヤマハ音楽院卒業。音楽院在学中の2000年、プレイステーション2専用ゲームの主題歌「Of My Dream」「Dear Mother」や、TV東京のディズニー番組「ディズニータイム」オープニングテーマなどを手掛ける。06年『トリック劇場版2』エンディングテーマ「Lucky Maria」でデビュー。07年ジャズアルバム『Love Letters』をリリース。10年には夫と共に「Joelle & Clinton」を結成。ライブ活動やCMソング、ファイナルファンタジーをはじめゲーム挿入歌などで活躍するほか、Sound HorizonやLinked Horizonにボーカル・コーラスやボイスアクターなどを担当するサポートメンバーとして参加する。13年にはアトリオン音楽ホールで開催したソロ・コンサートが好評を得る。現在、夫の母国であるニュージーランド在住
〈Joelle’s blog〉http://d.hatena.ne.jp/Everydaymusic/