倉科カナタイトル

ハスの花が水面に美しく咲く、とある街。
交通事故で10年分の記憶を失った朔美は、外見は27歳だが頭の中は17歳の高校生。
まるで“未来”にタイムトリップしたかのような現実。戸惑いながらも、胸にうずく不安─。
朔美はやがて、恋人と思われる細見や性同一性障害の薫とともに、失われた記憶をたどり始める。浮かび上がってきたのは、悲しく、切ないラブ・ストーリー。


真夏の秋田で撮影
倉科2
 6月公開予定の主演映画『遠くでずっとそばにいる』の撮影から約10カ月。秋田で暮らした真夏の半月余りは、どんな日々だったのだろう?
 「炎天下での撮影でみんな暑かったようですが、私にはなんだか、涼しく感じられて。空気がきれいで風が心地よくて、空は広くて。天気待ちのときもババヘラアイスを食べたり。ここは風が本当に気持ちよく通る場所。秋田はとても暮らしやすかった。特に、ハスの花がきれいだなぁ、というのが印象として残っています」
 真夏の秋田でのオールロケは、倉科カナさんの他、中野裕太さん、伽奈さん、徳井義実さん、岡田奈々さんらをキャストに、千秋公園や秋田駅前、病院、大学、住宅街などで行われた。半月余りの撮影中は、その日のロケを終えるといつも監督や出演者らと食事に出かけた。主役として、撮影に訪れる他の出演者を出迎え、歓迎する立場でもあった。
 「主演のプレッシャーに負けて泣いたこともありましたが、なんとか走り切ることができました。秋田では1日1個、岩ガキを食べて、おいしいお酒を飲んで、ラーメンを食べて。撮影中はどうしても体重が減ってしまうので、しっかり食べて調整をしていました」

柔軟で変幻自在
 倉科さんに転機が訪れたのは09年、NHK連続テレビ小説『ウェルかめ』のオーディションでヒロイン役を射止めてからだ。以前から朝ドラのオーディションに挑み続け、これが5回目の挑戦だった。このドラマで主演して以降、数多くの映画、ドラマ、舞台、CMに出演を続けている。
 「NHK『ウェルかめ』の現場は、それまで楽しいだけだったお仕事に演じる苦しみを教えてくれた場所。私の大切な出発点でもあります。デビューからこれまでたくさんのお仕事をさせていただいて、ずっと走り続けている感じ。半月前の自分といまの自分は、違う人間なのではないかと思うときもあるほど。日々変化していきすぎて、自分が怖くなるときもあります。未経験なことが多い分、可能性もまだまだあるように思えるから、今後、自分がどうなっていくのか楽しみ」
倉科1 映画『遠くでずっとそばにいる』でメガホンを取った長澤雅彦監督は「とても柔軟で奥が深い女優さん。変幻自在で、かたちがない」と評する。「相手の演技やキャラクターに応じて、柔軟に幅広く演じられる。だからリアルな演技ができる。でも『うますぎる』のは、いけない。もっとわがままにならないと。器用すぎると損をする」とも。
 「わがままになれたらいいのですが。私には『こうなりたい』という理想像がないんです。天才ではなく、個性もない。人の人生を生きる女優のお仕事に、もしかしたら向いていないのかもしれない。それはマイナスではありますが、プラスでもあるのだと思っています。役をいただいて演じることで、『私にはこういう一面があったんだ』『こんなにも気持ちに振り幅のある人間だったんだ』と思うことが多くて、いつもいろんな自分に気づかされます。でもどれも、私自身なんです。そうやって、ひとつひとつの役柄、ひとつひとつの色に染まりながら、新たな自分を発見していきたい。うまくなりたいのではなく、経験値を増やすことで自分が成長していけたらいい」

ナチュラルな演技に
 主人公の朔美は、交通事故がきっかけで10年分の記憶を失う。27歳の女性でありながら、頭の中はまだ高校生。朔美の役づくりは難しかったのではないだろうか?
 「記憶を失う役どころは、確かにとても難しいと思います。朗読劇『私の頭の中の消しゴム』では若年性アルツハイマー病の女の子を演じましたが、そのときは、記憶をなくしていく怖さ、悲しさ、切なさをつくっていく過程がつらかった。でもこの映画は、死の淵にあって、記憶をなくしたところから始まる物語。記憶を失っていくのではなく、これから生きていくことにベクトルを向けていく役どころ。だからとても楽しかった。朔美ちゃんは、元気で、生命力にあふれた子」
 緊迫した雰囲気が漂うのが映画の撮影現場だが、これまでと違う向き合い方ができたという。
 「現場には、気負うことなく、気持ちを軽くして臨むことができました。監督とお話をして、決め決めの演技はせずにできるだけ流れるように、ナチュラルにしていこうと心掛けました。このシーンは山場だからと気負ったりせずに、できるだけ、自然に。無駄なことは考えず、フラットな気持ちで臨んだのを監督が映画に切り取ってくれました。これまで、頑張らなきゃ、しっかりやらなきゃと思って演技をしていた私にとって、それは貴重な経験でした。自分はどんな人間なのか、今回もたくさんの発見があった。これから歩んでいくなかで、本当によい経験をさせていただいたと思います」
 朔美は無邪気にはしゃぎながらも、自分を見つめ、失った記憶の謎を追いかけていく。少しずつ断片をつなぎ合わせ、悲しい真実を解き明かしていく恋愛ミステリーだ。
 「池に入ってずぶ濡れになった後、公園でアリを見つめながら男の子に話しかけるシーンがあります。『思い出してないのに、知ってるよ』という言葉。いまも心に残っています」
 しっとりとしたハスの花の風景や秋田の街並みが、失った記憶の真実を優しく包み込んでいく。

倉科3

(2013.6 vol100 掲載)
くらしな・かな
1987年熊本市生まれ。2009年NHK連続テレビ小説『ウェルかめ』に主演して以降、数多くの映画、ドラマ、舞台、CMに出演している。13年はフジテレビドラマ『dinner』(江口洋介主演)、映画『みなさんさようなら』(中村義洋監督)等に出演。秋田市を舞台に撮影された主演映画『遠くでずっとそばにいる』(長澤雅彦監督)が6月に公開される。今後は舞台『真田十勇士』(赤坂ACTシアター、8/30〜公演)に出演、秋には映画『ジ、エクストリーム、スキヤキ』が公開予定。ソニー・ミュージックアーティスツ所属