夏の秋田市、千秋公園。
お堀の水面を彩るハスの花は美しく、凛として。ひっそりと静かで、ミステリアス。
久保田城跡のみずみずしい風景を舞台に撮影された映画『遠くでずっとそばにいる』は、美しく切ない恋愛ミステリー。27歳の朔美が失った「10年間の記憶」を巡るストーリーは、お堀に咲くハスの花の風景がなくした記憶を探し出すモチーフとなる。メガホンを取ったのは、大館市出身の長澤雅彦監督(47)。
「これまで見たこともないような映像を撮りたい。カメラが常に呼吸するように動いて、香りのある、いい映像が出来上がった」
フィルムに憧れて
映画に目覚めたのは、大学でサークルに入ってからだ。バブル期に華やかだったイベント系サークルと違い、「適度に暗い先輩たちにフィットして、居心地がよかった」のが自主映画サークル。麻雀をしたり、夜な夜な酒を飲んだりしながら先輩たちから映画のイロハを聞き、名画座やレンタルビデオで魅力を知った。テレビ局でアルバイトをしたこともあったが、映画のほうが断然、好きだった。
「映画はフィルム独特の肌触りが魅力。8mmフィルムには"実感"や"感触"があった」
撮影現場で仕事をしたかったが、バブル期とはいえ映画は斜陽産業で募集もない。そこで、映画と同じようにフィルムで撮影するCM制作会社に入社した。CMディレクター・川崎徹氏が役員を務める会社でやりがいはあったが、「本当は映画がやりたいのに、CMで経験を積んでいる。こんなよこしまな感じは、よくない」と退社した。「わざわざそんな泥沼の世界に入っていくなんて」と呼び止められながらも、映画製作会社ディレクターズ・カンパニーに応募し、ようやく映画の世界に入ることができた。井筒和幸監督作品に助監督として配属されたが、それもつかの間、会社は入社後たった1年で倒産した。
「映画産業はそんな世界です。でも若いころはよこしまな状況というのが嫌で、自分を追い込まなきゃと強く思っていた。当時、引き留められながらもCM会社を辞めたからこそ、道は開けたんだと思う。今につながるいろんな縁もできた。でも映画会社は、何であのとき募集をかけたんだろうなぁ」
誰からも学ばない
フリーになってからは井筒作品の助監督の後、プロデューサーや脚本などを多く手がけた。岩井俊二監督作品や長野オリンピック公式映像などである。
「助監督は、撮影の段取りをうまく進めていけるのがいい助監督。その仕事だけに慣れていくのは、嫌だった。映画の世界に入ったのが26歳と遅かったから、何としても人より速くのし上がらなければいけないと思った。それでプロデューサーの金勘定なんてできもしないのに、なってしまった。それが結構向いていて、楽しかった。この世界、なったもん勝ちのところはあります」
岩井俊二監督のなどでプロデューサーを務めたが、このとき、当時としては画期的な技術を使ったことで思いがけず四面楚歌になる。
「日本で初めて、映画の編集にコンピューターを持ち込んだんです。『そんなもの映画じゃない』とよく言われました。今ではそれがスタンダード。あのころ、散々なことを言った人たちもやってますよ」
古い体質に正面から立ち向かう姿勢は、映画の世界に足を踏み入れた頃から変わらない。
「ぼくは最初から、『誰からも何も学ばない』と決めている。自分で決めてつかんでいく。自分で知って、覚えていく。経験こそが教師であって、決まり事なんてどこにもない。フィルムをデジタル化していくことは、フィルム独特の魅力を語る自分と相反するものではなく、いいことは取り入れていけばいいということ。そうやって新しいものを生み出していくのではないか。本来は、誰も見たことのないものをつくり出すのが、ぼくらの仕事なのではないだろうか。あと10年もすればぼくも旧体制側になるが、若い人のやることを決して否定してはいけないと思う」
思いもよらないところへ
「誰からも学ばない」と決めてはいるが、師と仰ぐ人はいる。撮影監督の故・篠田昇氏だ。
「篠田さんははちゃめちゃで、カメラを三脚に構えることなく移動しながら撮影していく。カメラが呼吸するように動いていく。常識にとらわれない、見たこともない映像を生み出していく。カメラは芝居を撮るもの、場面を切り取るものなのではない。目の前にあるはずのものなのに、見たこともない映像を撮っていける─。篠田さんとずっと兄弟のように仕事をさせていただいて、他の人が絶対しないようなこと、誰も見たこともない映像を撮っていくスピリッツを受け継いできた。撮影しているときも、一体どこへ行くのか、どうなっていくのか分からない。思いもよらないところへと行くような…」
01年には監督デビュー作『ココニイルコト』で数々の賞を受賞した。その後も『13階段』『夜のピクニック』など話題作が続く。
「表現することは、いい問題をつくること。映画館で観客がどう思うのか正解なんてなくて、それぞれに違った答えがある。その人の深いところに響く、訴えていけるようなものでなければならないと思う。映画で少し違った経験をすることで、普段見ていたものがちょっとだけよく見えていくような。その人の生き方をちょっとだけ変えるようなきっかけになれば。それには、ぼくらは『上手に嘘をつく』ということでしょう。よりリアルに、よりナチュラルにするには技が必要。巧みに嘘をつくことで、真実をよりリアルにあぶり出していく。そうすることで、見る人のコアな部分を突き動かす表現が生まれてくるのだと思います」
最新作が代表作
映画『遠くでずっとそばにいる』の撮影は12年8月に行われた。秋田市や支援委員会のサポートのもと、倉科カナさん(24)、中野裕太さん(26)ら人気俳優をキャストに千秋公園や秋田駅前、住宅街などで半月余りにわたった。監督は一昨年、一度は白紙に戻さざるを得なかった撮影を実現にこぎ着けようと奔走。新たなスポンサー探しや製作費削減、短期集中のロケにするなどして製作し、今夏、ついに公開となった。
「製作費が減って当初の半分ぐらいの規模になったが、内容は充実したと思う。撮影日数も少なかったが、映画のクオリティーは高い。一昨年に撮影するよりぼく自身の経験値も上がっている。常に新作がベストでありたいと思ってつくっているが、今回もそう。この作品が自分の代表作になるはず」
どんな映像が生まれるのか、どんな真実があぶり出されるのか─。ハスの花だけが知っている。
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