Yumi Nozaki 野崎 由美さん ガラス・アーティスト

 両手で包み込めるほどの大きさに宙吹きしたガラスの器百八個を無造作に並べた。ネオゴシック様式の厳かな教会で、大理石の祭壇に並んだガラスの器は、花びらのようにも、貝殻のようにも見えてくる。器の縁や内部に取り付けられた金色の球体は、月だろうか、星だろうか。それぞれがそこに存在し、教会という白亜の空間を構成する。
 「108EGOS─煩悩」と名付けたインスタレーション。教会を舞台にガラスアートの空間を作り、ギタリストが十一弦ギターを奏でるコラボレートコンサートが幕を開ける。器の底にキャンドルを置き、灯りをともして、ギターをつまびく。透明感のある音色が流れ、「煩悩」という名の百八個のガラスの器が初めて、アート作品として成立する。インスタレーションとは、音や光、造形などの作品と作品が占めている「空間」が結合され、空間全体がひとつの作品になるアートだ。


重くて苦しいガラス彫刻

 ガラス作品というより、ガラス彫刻と呼んだほうがいいだろう。涼しげでかれん、純粋ではかなげ、透明できれい…。そんなガラスの印象を打ち砕くように、野崎 由美のガラスアートは無骨で頑強だ。
 「かれんで繊細なガラスのイメージを汚したい。透明なガラスに土や砂を混ぜ合わせて、あえて汚れたガラスを作る。重くて、苦しい。それが私の作風なんです」
 そう話す口調は上品で、彼女のか細い腕から「重くて、苦しい」と表現されるガラスが作られるとは想像もつかない。この作風を貫くには、大掛かりな機械と大胆な技法が必要だ。吹きガラス制作より高い千二百度もの温度でガラスを溶かし、砂型や石膏型にドロドロのガラスを流し入れる。あるいは、土や砂と混ぜ合わせる。彼女の作品を、特別な機械のない日本国内のガラス工房で制作するのは難しい。だから、設備の整った大学の工房で制作する。イギリスでの生活は十年になる。

ストーリーと過程を重視

 絵画を学ぶためにイギリスに渡り、ロンドン総合芸術大学在学中にガラスに魅せられた。偶然訪れたギャラリーの彫刻展で、ガラス素材の彫刻作品を初めて目にする。ガラスは、花器や食器だけに使われるものではないことを知った。
 彼女が制作するのは、ガラスという素材を使った「造形物」。決して「工芸品」ではない。美術や工芸を学んでから、日常のあらゆる「造形」の世界がきらきらと輝き始めたという。
 「私が作るのは、お皿やワイングラスのように実用的なものでなく、日常生活に必要のないものばかり。私にとって、ガラスは造形的な素材。現代彫刻をあえてガラスという素材で作り、ガラスの持つ工芸的な先入観を打ち砕く作品を作る。そこには、確固としたコンセプトが必要です」
 例えば、秋田市内の教会で開いた「ガラスアート&十一弦ギターコラボレートコンサート」。百八個のガラスの器で、人間の持つ「煩悩」を表現した。欲望や汚れを意味する煩悩は、清らかな除夜の鐘の音によってそぎ落とされ、新しい年を新たな気持ちで迎え入れる。彼女は教会を舞台に、「煩悩」のあかりを灯したガラスの器に、「除夜の鐘」をギターの音色に置き換えて祈りの空間を作り出した。
 制作には、素材と対話し、文献を読み、意味を知り、デッサンを重ね、コンセプトを組み立ててから取りかかる。器を制作する前、非常勤講師を務めるサリー芸術大学の学生十人に「煩悩」のコンセプトを説明した。学生たちは仏教思想を理解した上で、宙吹きという手法を使ってガラスの器を制作した。
 「イギリスでは、作品の奥底にあるストーリー性や、作り上げていく過程を大切にする。最終作品に見る仕上がりの表現以上に、それを作り上げるまでの過程に重きを置く。イギリスでの最初の一年間で、それをたたき込まれました。だから、ガラスそのものに触れているよりも、構想を練る時間の方が長い。素材や技術も重要だが、それと同じぐらい、表現の奥行きを深めるために自己に問いかける時間を大切にしているんです」


アートを志す信念

 大学時代はガラス制作の技術に加え、哲学や環境学なども学んだ。土台となる知識の幅が広いほど、作品に込めるストーリー性は多彩になる。しかし、技術と表現だけでは作品を世に送り出すことはできない。卒業すれば、ひとりで考え、行動し、ものづくりの環境を自分で作る立場に置かれることになる。「イギリスでアートの道を切り開くには、イギリス人学生の十倍は努力しなくてはならないから」と、卒業を待たずにギャラリーへの売り込みを開始した。
 「五十のギャラリーをめぐったとすれば、自分の作品に合うギャラリーは、ほんの五カ所ほどしかない。そこに自分の作品資料を郵送する。五カ所に送って、一カ所からでも返事があれば万々歳。今思うと、大学にまだ在籍中だった私は、最初の扉を開くまでの苦労が非常に大きかった」 
 厳しい表情で、言葉をかみしめながら話す。アートを志す信念が、力強い目線と語気に表れた。異国の地でアートの世界に飛び込むことに、ためらいなどみじんもなかったに違いない。自分の作品を売り込むように、目線に力を入れて言葉を続ける。
 「自分で作りたいものを作る環境を整えるには、『自分の名前』を知ってもらわなければならない。特に駆け出しのころは、自分をどこに、どのように売り込むのかも、アーティストとして重要でした」


独特の教育で花開く

 売り込むためのギャラリーめぐりをはじめ、イギリスでの学生生活には「個性はもちろん、順応性が必要だった」と振り返る。それを支えたのが、鷹巣町を離れて入学した自由学園(東京都東久留米市)での生活だった。
 「自由学園で、人間としての生地を織る教育を受けた。机の上の勉強だけでなく、一人の人間としての個性をどこまでも尊重し合う。それは、従来の教育とはかけ離れた現場でした。例えば、入学考査から実に独特。試験は三日間で、五教科の他に体育、美術、読書感想会、小論文、一人につき三十分の面接などがあり、試験の時点から『個』を大切にしてくれました。中学から大学までの学生が一緒に生活する寮生活では、年齢や考え方の違う人とどう協力して生きていくかを学んだ。私自身が形成された時間でした」
 自主独立の精神が重んじられる自由学園独特の教育方針と、イギリスでの哲学的な教育の上に、ガラスアートの花を咲かせた。イギリスでのグループ展や、ミュンヘン、ロンドン、パリ、東京で開いた個展で作品が注目を集め始める。ガラスのイメージを打ち砕くような力強い彫刻と、空間を構成するインスタレーションで自分の世界を作り出す。現在は、出身校であるサリー芸術大学の非常勤講師であるとともに、いわば大学のお抱えアーティストであるアーティストインレジデンスとして、大学内で制作する。
 「造形的な素材としてのガラスの可能性を表現したい」と話す彼女のスタイルを語るとき、欠かせないのが「日本人」であることだ。「私は、体のどの部分を切っても日本人。日本で育った私が、イギリスに行って、日本の文化をどういう形で表現していくのか。実は、使命も感じている」
 イギリスにいながら、追求するテーマは意外にも、一貫して日本古来の文化にある。


「間」をテーマに制作

 五年来、テーマにしているものがある。「間」だ。書道、華道、茶道、能楽など、日本の文化には必ず「間」の概念がある。これをガラスで表現できないものだろうか│。それが、学生時代から現在まで続くガラス制作のテーマになった。制作するとき、常に「間」が念頭にあるという。
 「『間』という文字は、門構えの中に『日』と書く。昔は、門構えの中に『月』だった。門のすき間を一筋の月の光が流れていく、ほんの一瞬の時間と空間を指すのが『間』の根源です」
 「間」と題したガラス彫刻。正方形のガラスの中央にはめた赤や白色の球体は、月の象徴だ。どっしりとして堅固なガラス全体を、内部を隠すかのように鉄線で結びとめている。隠すことによって、どういう真実が隠されているかを明白にしたい心理を呼び起こすのだという。「見る人は、隠されていれば隠されているほど、『のぞいてみたい』『知りたい』と思うはず。隠れた真実を探してくれる」。そう話すと、口元がゆるんだ。
 コンセプチュアルでありながら、文化の違いや人の心の動きを無邪気に楽しむアートの世界の住人だ。

(2004.3 Vol45 掲載)

のざき・ゆみ
1973年鷹巣町生まれ。自由学園最高学部卒業後、渡英。96年ロンドン総合芸術大学ディプロマ修得。99年サリー芸術大学立体造形科卒業。2001年同大学院立体造形・現代工芸科卒業。現在、サリー芸術大学にて非常勤講師、及びアーティストインレジデンス。ロンドン、ドイツ、パリ、東京などのギャラリーで個展やグループ展を開き、ガラス彫刻やインスタレーションを発表している。サリー州在住。