首藤タイトル

 出穂したばかりの稲穂が、真夏の昼下がりの光に映える。まだところどころで、白っぽい雄しべがかすかに揺れている。
 鮮やかな緑色だった田んぼが、穂を出して花を咲かせ、色合いを変え、次第に趣を変えていく。この出穂・開花の時期を過ぎれば、田んぼの風景は大きく変わり、実りの季節がやってくる。
 8月中旬、雨上がりの大潟村。
 「こめたび」の田んぼは、恵みの雨にしっとり濡れて、みずみずしい。


お国自慢ではだめ

 「都会から来るお客さまを案内していて、何よりも驚かれるのが、農家の朝ご飯なんです。農家が育てたお米を裏山のわき水で炊いたご飯、自家製みそのおみそ汁、手作りのいぶりがっこ。農家にとってはごく普通のはずの朝ご飯に、『今まで食べた一番おいしい朝ご飯だった!』と目を輝かせて喜んでくれるんです」
 気取ることのない、ごく普通の秋田の農村の朝ご飯。その素朴なおいしさと人の温かさが「こめたび」が都会と田舎とを結ぶ原点だ。
 「食べ物は間違いなくおいしい。お酒もおいしい。人もいい。でも“お国自慢”だけでは魅力は伝わりません」
 東京出身、東京在住だが、子どものころから秋田の土地柄をよく知っている。お米や野菜、山菜。地酒のおいしさ、自然の心地よさ、引っ込み思案で素朴な人の良さ。そしてここが、どこよりも「田舎」である強み─。
 「秋田には、“ものづくり”という営みが生活の中に息づいている。自分たちでものをつくっている感覚は、東京の人はわかりたくてもわからない。こだわりを持って、真摯につくり続ける秋田の人の生き方は素敵だなあと、ずっと思ってきました。都会とは違うことが面白いし、素晴らしい。けれど、それを何とも思わず、当たり前に受け止めているところ。そして、外との違いなんて関係ないところ。そこが何とも魅力的」
 米と旅がコンセプトである「こめたび」の社長に就任して3年。これまで秋田を訪れては、県内各地の農村をめぐり、人と出会い、食べて飲んで、語って、笑って、いろいろな「縁」でつながってきた。秋田への思いは、人 一 倍、強い。

自然で遊んだ原体験
 父は大分、母は福岡の生まれ。東京という「都会」から、父母の実家である「田舎」によく遊びに行った。「海で投網を打ったり、山でシイの実を拾って食べたり。自然のなかで遊んだのが私の原体験」と懐かしむ。
 小学生のころ、父の健次さん(64)が八郎潟町に誘致企業で進出した。健次さんは東京と秋田を行ったり来たりの日々。父のいる秋田に遊びにきたときには、都会では出合えないご飯のおいしさを存分に味わった。都会で暮らしながら体験する、田舎暮らし。「自然や田舎に携わる仕事がしたい」と思うようになったのは、そんな体験の積み重ねからだった。
 「秋田は他の場所とは違います。極端に言えば、鎖国したほうがいいのではないかと思うぐらい。秋田に来るときにはビザがいりますよ、って(笑)。そう感じさせるほど、秋田には奥深さや、秋田ならではの時間が流れている。自然や食だけでなく、文化や芸能にも。それは、とても豊かな時間」

生産者と消費者の間で
 「こめたび」は2007年創業。生粋の秋田っ子である鈴木絵美さんと、生粋の都会っ子である神戸の星加ルリコさんが、都会と田舎を結ぼうと立ち上げた。実はその発案者が健次さんだった。25年前に秋田で仕事を始めてから、秋田ならではのおいしさのとりこになっていた。飲み屋で意気投合してトントン拍子に話は進み、若い女性2人による「こめたび」が誕生。その応援団のひとりとして、郷さんも東京での販売会などを手伝っていた。
 自身は大学卒業後、1社を経験して電鉄会社に転職。ホテル事業や沿線のお客さまサービスに関わる新規事業を手がけていた。ところが09年、社長を引き継がないかとの話が舞い込む。私鉄に勤務してまだ5年だったが、「これは縁。きっといいタイミング」と決心した。
 以来、首都圏での販路拡大やイベントの企画・運営、インターネット販売、都会から秋田の農村へと案内する旅のコーディネートなどに取り組む。米は生産農家が精米・袋詰めした顔の見える産地直送だ。最近は米だけでなく、食全般を取り入れたイベントやギフト販売にも力を注ぐ。それでも月に1度、県内に点在する契約農家を訪れることを欠かさない。前社長で利き酒チャンピオンでもある鈴木さんが創業当時、確かな舌で選んで契約にこぎ着けた農家だ。そこで田んぼを手伝ったり、話をしたりお酒を飲んだり。愛用している赤い上着は、農家の田植えを手伝った際、「これを着て田んぼを覚えろ」と渡されたものだ。
 「日ごろはあえて、消費地である都会にいますが、農家が何に苦労しているのか、どんなことを思っているのかは、実際に見て体験してみないと気が済まない。『もっと小さいサイズの米袋で買いたい』といった都会のお客さまの思いも直接、農家に伝えたい。『生産者』の思いと『消費者』の思いがありますが、やっぱり商品を手にして喜ぶお客さまの姿を忘れてはいけないと思います。それに、消費者の声を聞くことで、農家に誇りを持ってもらいたいんです。そうやって、生産者と消費者の間によい循環をつくることが私の役割だととらえています」

アナログの価値
 米を扱う仕事はいま、年々厳しさを増している。米の年間消費量はこの20年で半分になり、パンの消費が米の消費を逆転した。
 「逆風ではありますが、いいね、と言ってくれる人がいる限り、やろうと思います。おいしいと言うだけでなく、なぜおいしいのか背景を伝えて魅力を引き出していく。例えば東京のレストランで料理長が、『秋田の○○さんが朝早く山に入って採ってきて、すぐに送ってくれたものなんです』とお客さまに伝えれば、おいしさは何倍にも膨らんでいきます。自分の手でつくり、採ってきて丁寧に下処理をする、そんなアナログこそが価値だと思うんです」
 雨上がりの田んぼはすがすがしい。雨のにおいと田んぼのにおいが、真夏の暑さを忘れさせてくれる。
 「いまは、とにかく仲間が欲しい。言いたいことをとことん議論した上で『こうしよう!』と言える仲間。マイナスな部分ばかりを見てもしょうがない。語るのはこれから未来のことで十分です」
 まもなく収穫の季節。こめたびの米は、ことしも都会の食卓へと届けられる。

(2012.10 vol96 掲載)
しゅとう・きょう
東京都生まれ。横浜市立大学卒業。大手私鉄に勤務後、2009年株式会社こめたび代表取締役社長に。秋田の米のインターネット販売、旅のコーディネート、イベントの企画・運営を手がけるなど、都会と田舎を結ぶコーディネーターとして各地をめぐる。2012年7月、レストラン「リビエラ東京」で32年続くイベント「夏の旬づくし〜秋田編〜」を企画。2,000名超を動員し成功させる。
東京都在住
http://kometabi.com/