みんなで、歌って、笑って、汗をかいて。 |
「芝居、歌、踊り。3拍子そろって“いない”んですよね、まだ」 颯爽と現れた劇団わらび座の若きホープは、そう話してはにかんだ。 「1回1回の舞台、1日1日の公演で精一杯。その時その時に満足できる舞台をつくることが、いまの自分が思い描く『夢』なのかもしれません」 すらりとした長身に涼しげな表情、さわやかな雰囲気を漂わせる。誰もが認める“イケメン”だ。 初舞台から3年余り。これまでミュージカル「義経─平泉の夢」「坊っちゃん!」「おくのほそ道」、初めて主演した「キューピットはどこ!?〜愛がけカレー物語〜」などで徐々に実力を伸ばしてきた。初々しさを残しつつ、この春、「山神様のおくりもの」で一人前のマタギへと成長していく青年を演じる。 三枚目の演技 すがすがしい外見とは裏腹に、憧れはアメリカの俳優ジャック・ブラック。「スクール・オブ・ロック」で魅せたコミカルでハイテンション、パワフルな歌と三枚目の演技が「最高に格好いい」と話す。 「格好悪さの魅力というか、ちょっと変わった部分のある三枚目に惹かれます。ぼくの場合、温泉に入った時など鏡の前で、『おれって、すげぇ格好いい』とほれぼれすることが年に何回か。『坊っちゃん!』の野だいこ役のようにらんちき騒ぎをすることも、休みの日にパチンコで発散してしまうこともある。ナルシストだったりだらしなかったり、優柔不断な自分の面も舞台に生かして、『変』な部分の魅力も楽しんでもらえるようにしていけたら、格好いい」 はにかみながらも包み隠さず、そう話す。あくまで「自然体」の自分で舞台に情熱を注ぐ日々。現在のポジションだけでは終わらない、役者としての可能性に賭けている。 中退して芝居の世界へ 県立大曲高校を卒業後、小学校の先生になる夢を抱いて秋田大学教育文化学部に進学。芝居の世界などまるで興味のない学生だった。教育実習は楽しかったが、「何かが違う」と感じていた。大学のサークルで始めたビリヤードも、徐々に「面倒くさくなった」。気力のわかない日々を送り、4年生の途中から休学。そのころ、自分の「生き方」を模索していた。 「大学を休学しているときに、中退しようと決意していました。ただ、中退するには、次に進むべき自分の道を見つけてからと思っていました。自分の本当にしたいことは何か、何を仕事として生きていこうか。自分自身に絶対にうそをつかず、自分の喜び、楽しみを仕事にしていくにはどうしたらいいのだろう─。そう考えたとき、単純に歌ったり体を動かしたり、汗をかいたりするのが楽しい自分がいました。『それが仕事になるのは、舞台俳優!?』と行き当たりました」 22歳の春。自分と向き合った大学生活に自ら終止符を打った。 つらいほどよい舞台に 研究生として2年間は芝居、歌、踊りに明け暮れ、2007年にわらび座入団。役者として手応えを感じ始めたのは、09年ミュージカル「坊っちゃん!」での熱血漢・山嵐役。そして初めての主演作「キューピットはどこ!?」でようやくスタートラインに立てたことを実感した。 「役者の世界に小学校、中学校という段階があるならば、自分は中学1、2年生ぐらい。いや、まだまだ小学生かな。これまで、けいこでつらい思いをすればするほど、よい舞台になることを知りました。つらさのなかに、充実感がある。公演中は無我夢中だけど、公演が終了すると心の中の『ふた』が開けられたみたいに、いまさらながら舞台のイメージがどんどん膨らんでいく。あぁ、こういうこともできたのになと、ちょっと悔しい思いもします。そして次の舞台が始まる。でも、少しずつ積み重なり、自分は確かに前へ進んでいっている」 「生きる」という言葉をよく口にする。役者としての自分よりも、その生き方が大事なのだと話す。 「生まれてから死ぬまで、何をして時間を埋めていくかが大切。役者の道を歩んでいるけれど、今後、何が現れるとも限らない。もしかしたら、情熱を注ぐものが変わっていくかもしれない。でもそうやって生きていく充実感が大切なんだと思います」 舞台は一炊の夢 けいこでいま、マタギと格闘している。 「今回の舞台では、秋田出身の役者が秋田の人間を演じます。そこで重要なのは、その役をいかに『演じる』かではなく、いかに『近づける』か。マタギだったら、普段から山を歩いている体つきや足つきにならなければいけない。お祭りのシーンでは、ただ踊るのではなく、その土地で生まれ根付いて生きてきた人間の踊りでなければならない─。だから日々、山を歩いたり、考えたり。時間はいくらあっても足りません」 「山神様のおくりもの」は、四季の彩り鮮やかな秋田の山里が舞台。自然のなかで生きるマタギの心と命の尊さを歌い上げる。 「ぼくは山で遊んで、川で魚を捕って焼いて食べた最後の世代かもしれない。秋田の自然のなかで生まれ育った者として、その空気感をまとえるのが強み」 マタギの心をどう歌い継いでいくのか、公演は長丁場だ。 「長い公演が終わると、いつもあっという間だったと感じます。まるで1晩眠って見ていた夢のよう。現実に本当に舞台をやっていたのか実感できなくなるのが不思議。一炊の夢のなかで、自分は肉体的にも精神的にもマタギになることができるのか。まずは秋田で生きてきた自分を信じることから始まります」 新緑の季節、命を歌い継ぐ舞台の幕が上がる。 |
(2010.6 vol82 掲載) |
すずき・ひろき 1982年、大仙市太田町生まれ。秋田大学教育文化学部中退後の2005年春、劇団わらび座の研究生に。07年、わらび座に入団。同年4月のミュージカル「義経−平泉の夢」でデビュー。これまでミュージカル「坊っちゃん!」「おくのほそ道」などに出演したほか、10年1月、小劇場公演「キューピットはどこ!?〜愛がけカレー物語〜」で初主演。マタギの里を描いたミュージカル「山神様のおくりもの」でも主演を務め、10年6月からわらび劇場で公演中。大仙市在住 ○わらび座 http://www.warabi.jp/ |