Daisuke Takahashi 高橋 大輔さん 探検家・作家

探検とは、地球を舞台に、
抜けるような青空のなかを歩むこと。
それだけのことに違いない。


ロビンソン・クルーソー、浦島太郎、コロポックル…。
フィクションとノン・フィクションとで紡ぎ出された物語の数々。
そこに横たわる心象風景を探りに旅に出る。

 南米チリ沖に浮かぶ孤島に、四年四カ月もの間、独りで暮らした男がいた。
 スコットランドの船乗り、アレクサンダー・セルカーク。
 イギリスの作家ダニエル・デフォーの小説『ロビンソン・クルーソー漂流記』の実在したモデルといわれる人物。彼が無人島で生き延び、海賊船によって救われ、再び航海に出て海に消えたのが、一七二一年十二月十三日。そして、二百四十五年後のその日に生まれたのが、探検家・高橋 大輔。一九九四年から二〇〇五年までの計五回、運命に導かれるようにロビンソン・クルーソー島に渡った彼は住居跡をはじめ、セルカークが実際に暮らしたことを証明する確かな手がかりを得た。
 セルカークが無人島で暮らしてちょうど三百年、ロビンソン・クルーソーを追跡する旅は佳境を迎えた。

旅は裏切らない

 「アフリカ大陸の形は、人間の頭蓋(ずがい)骨に似ている。大陸を頭蓋骨に見立てれば、脳はサハラ砂漠、口や鼻はサバンナ、耳の部分にはジャングルが広がっていて、顎(あご)の部分にはキリンやゾウがいる。それに、おいしいブドウも採れる」
 アフリカの大地を流れる川から川を渡り、大陸を横断しようと計画した大学時代のことを話し始めた探検家の言葉に、一枚の地図が浮かび上がる。しゃく熱のサハラ砂漠、広大な熱帯雨林、野生動物、ナイル川の流れ…。写真でしか知らないはずの風景が、想像した地図の上に次々と現れ、動き出す。探検家が描いた地図のなかに、いつの間にか引きずり込まれていく。
 「旅をすれば、そこには信じられない光景があった。常識や価値観を覆されるなんて、それ以上のことはない」
 高校時代に体験したアメリカでのホームステイに始まり、シベリア、ヒマラヤ、東南アジア、アマゾン、サハラ砂漠と、バックパックを担いで旅を続けた。地平線の先に思いをはせたグレート・プレーリー、徒歩とヒッチハイクで縦断したサハラ砂漠、南極のペンギンやアザラシ、ガラパゴス諸島のイグアナなど、彼の言葉と表情から、目にした光景があふれ出す。
 しかし、安全な旅だけではない。サハラ砂漠のオアシスでの軟禁、ナイジェリアでの不当な逮捕、アマゾンでの両足骨折、ヒマラヤでの山賊事件…。それでも好奇心の火は消えず、夢中になって世界六大陸を放浪し続けた。
 「自分の個性は、旅の中で形づくられたと思う。殺されそうになったり、大けがをしたことはあったけれど、旅は決して裏切らない。答えは旅の中にある」
 旅には、人生観を変える風景もある。南極沖でクジラの大群に出合った時の驚嘆、そして、太陽が南極の海に沈む時、エメラルド・グリーンに輝いた瞬間─。
 「人生が一瞬にして変わる。クジラの大群、緑色の太陽。あり得ないと思っていた光景を目の当たりにして、すべての常識が覆された。常識に挑戦したい、人がフィクションだとする思い込みに挑みたい─。それが、いまの自分の根底にある」

神話や伝説を追求

 危険を冒す、と書く「冒険(アドベンチャー)」と、探し検証する、と書く「探検(エクスプローラー)」。過酷さへの挑戦や未知の世界を探し出すことだけが、探検ではない。「探検とは地球を舞台にした謎解き」という彼は、文献を読みあさり、現場への旅を重ねて神話や伝説を追跡する。旅は、物語の中にある。
 「トール・ヘイエルダール博士は、太平洋の島々に住む人々が南アメリカ大陸から葦(アシ)船に乗って渡ってきたというインディオの伝説を信じて、コン・ティキ号という葦の草で編んだ船に乗って航海を成功させた。海洋学者ロバート・バラード博士は、タイタニック号が沈んだ場所を突き止め、映像におさめた。そんなストーリーを聴くと、どうしても自分で探検がしたくなる。アドレナリンが放出されて、居ても立っても居られなくなる」
 先人からの影響を楽しげに話す彼自身、各地に語り継がれる神話や伝説の中に旅を求めて二十年になる。政治学を学んだ明治大学を卒業後、都内の広告会社に勤務。企業の広告やテレビCMなどを手掛ける営業マンとして過ごしながら、その十三年間は常に探検と共にあった。ロビンソン・クルーソー漂流記、旧約聖書のシバの女王、アマゾンのエル・ドラド、イースター島、日本各地に点在する浦島伝説…。フィクションとノンフィクションが重なり合うところに、「重力を感じる」と彼はいう。
 「いつも白い地図を持っていたい。それは、常に自分の中にある。やりたいことは、物語の数ほどある」
 国境も国名も書かれていない、大陸を描いただけの白地図に、自分の足取りを描いていく。探検をするなかで最も愛し、力を注いできた物語が、ダニエル・デフォーの小説『ロビンソン・クルーソー漂流記』だった。

『漂流記』の実在検証

 ロビンソン・クルーソー漂流記』の実在したモデルとされるスコットランドの船乗り、アレクサンダー・セルカークが孤島に漂流したのが一七〇四年、海賊船によって助け出されたのが〇九年。いまはちょうど、セルカークが無人島で暮らしていた年から三百年ということになる。二〇〇五年の調査の際、アメリカの探検家クラブから、邦人としては故・植村直己氏以来二人目となる探検旗を貸与される名誉も得た。
 ロビンソン・クルーソーに実在のモデルがいると知り、その住居跡を見つけようと始めた探検。十三年がかりの展開となったその成果は、今秋『ナショナル・ジオグラフィック』誌上で報告される。アレクサンダー・セルカークは、本当にこの島で暮らしていたのか、どこに住居を造り、どのように生活していたのか─。『漂流記』の中に横たわるフィクションと、ノンフィクション。真実の部分を探るために、島に渡って過酷な条件下で暮らし、古地図を読み、時には地質学者に、時には考古学者となりながら文献と現場の調査を重ね、セルカークの軌跡に肉迫する─、そのプロセスが、探検の醍醐味なのだという。「どこまで『物語』を信じられるか」。それが最も大切なことなのだと話す。
 「自分で火をおこし、釣りをして、自給自足で生活すること。まる一カ月、誰とも話さずに暮らす孤独のなかで、心のバランスを保って生きること。それは、現代の社会ではまったく考えられないことだった。人間は一人では決して生きられない。無人島生活をしたことで、社会の仕組みが分かった気がする。探検家とは、何かに取りつかれた人間の人生の中のひとつの局面。いかに自由であるか、いかに生きるか─」
 ロビンソン・クルーソー島に、果てしなく広がる青い空と青い海。彼自身が求める答えは、旅の中に、空と海の果てにある。


(2005.10 Vol54 掲載)

たかはし・だいすけ
1966年秋田市生まれ。探検家・作家。明治大学在学中から世界六大陸を放浪。「物語を旅する」をテーマに世界各地の神話や伝説を検証し、文献と現場への旅を重ねている。2005年ナショナル・ジオグラフィック・ソサエティから支援を受けたロビンソン・クルーソー島国際探検隊でエクスペディション・リーダー(探検隊長)を務める。王立地理学協会(本部:英国・ロンドン)、探検家クラブ(本部:米国・ニューヨーク)フェロー会員。著書に「ロビンソン・クルーソー漂流記」の実在モデルの足跡を追った『ロビンソン・クルーソーを探して』(新潮文庫)、浦島太郎の亀の正体や龍宮の在りか、玉手箱の真実などを追跡した『浦島太郎はどこへ行ったのか』(新潮社)がある。秋田市在住


高橋大輔 探検サイト http://www.daisuketakahashi.com
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