タイトル

はかなさの中で見つける、普遍的な美しさ、気高さ、おもしろさ―。
舞台は過去と未来をつなぎ、人の心を映し出す。


十五万石の城下町・松山に、江戸っ子“坊っちゃん”が数学教師として赴任してくる。
はるばる松山にやって来た日、中学校の場所をたずねようとひとりの女性に声を掛けた。
日傘を差した矢絣着物に袴姿の女性が振り返ると、それは美しくかれんな令嬢、マドンナ。
きらきらと輝く笑顔に、純粋な坊ちゃんは一目ぼれ…。

わらび座の看板女優

 ミュージカル「男鹿の於仁丸」では、里人から「鬼」と呼ばれ恐れられている於仁丸をいちずに愛するおゆうに。「小野小町」では平安の才媛・小野小町を。「アテルイ」では、大和朝廷と闘う蝦夷・アテルイに恋する佳奈を演じた。これまで数々のヒロインを務めたわらび座の看板女優・椿千代。マドンナ役のミュージカル「坊っちゃん!」の初日の幕が上がる前、軽やかな足取りでさっそうと現れた。
 「きょうとあすが稽古場での仕上げです。いまは、役者それぞれの動きに『気』が入っていく時」
 大きな目をさらに開いて話し始める。公演初日に挑む表情は厳しいが、大きなジェスチャーを交えて語る言葉は弾む。
 「今回、初めて舞台に立つ研究生もいます。役者は、稽古場で恥をかいてなんぼ。先輩や後輩の前で恥をかきさらけ出しながら、何回も何回も繰り返して役柄の線ができかけていく。稽古場が厳しいほどに、幕が上がると、ほわっと、いいものが生まれるんです」
 わらび劇場で公演が続くミュージカル「坊っちゃん!」は、夏目漱石の小説『坊っちゃん』を脚色したジェームス三木の脚本・演出作品。愛媛県東温市で二〇〇六年に初演した舞台を今回、七月まで予定している。この日、稽古場で『気』が入った後、劇場でどう花開き、舞台が日々展開されていくのだろう―。
 「劇場というのは不思議な空間。100%作り物の世界で、行きつ戻りつ、毎日違うものが生まれる。人はそれを人生のいろんな局面で観に来て、それぞれに何かを感じて、心に引っかかるものを大切に持ち帰っていく。舞台はいつも、浮かんでは消え生まれては死ぬ、はかないもの。だから、おもしろいの」


役が人を成長させる


 わらび座俳優・椿康寛を父に、旧田沢湖町で生まれ育った。幼少のころから民族舞踊や日本舞踊、モダンバレエ、ピアノ、太鼓などを習い、わらび座の稽古場には自分の遊び場のように通った。親の職業について答えることを「恥ずかしい」と思いながらも、稽古場に行ったり、子役をやらせてもらったり、踊ることは楽しく感じる少女だった。
 中学の時、岡山でアイヌ民族舞踊のわらび座公演を客席で観たのが転機となる。劇場は満席、観客は熱狂…。舞台の素晴らしさと観客の反応が、強烈な印象として心に残った。「高校を卒業したら秋田を離れたい」という思いは、いつの間にか消えていた。
 「わらび座に入った時は、民族舞踊などの踊りが中心の公演でした。まさかわらび座がミュージカルをやるようになるとは思っていなかった。役者は、観るのとやるのとでは大違い」
 そう苦笑する。苦悩しながらも、全国各地から集まった役者がひとつの舞台を作っていく「劇団」と、お互いに切磋琢磨する劇団の「人」が好きだった。
 「役者は臆病だったり、恐がりな時もある。でもそれを変えて自信を付けるために必要なのは、稽古場での稽古しかない。それだけは、間違いない。役柄が役者を人として成長させてくれるし、稽古で役柄に近づいていけば、どこか自分の人生とリンクする部分が見えてくる。だから、人間として薄っぺらじゃ何もできないの。役柄の『悔しい』『悲しい』『うれしい』の感情の幅をつくるには、人間の幅をひろげていくしかない」
 ひとつひとつの言葉に、看板女優としての覚悟が見え隠れする。
 「舞台は、たくさんの人の共同作業から生まれる奥深いもの。その上にちょこんと乗って、やらせていただいているのがヒロイン。だから謙虚であることが大切。でも幕が上がったら、自分が引っ張っていくんだという意識を強く持っています」

真実が見えてくる


 二〇〇二〜四年に公演したミュージカル「つばめ」では、朝鮮と日本のはざまで生きた女性・お燕を演じた。豊臣秀吉の朝鮮出兵で捕らえられ、日本で暮らしていたお燕は、朝鮮の通信使として江戸を訪れた前夫と思いがけない再会をする。日本の夫と朝鮮の夫。ふたりの愛の深さに苦悩するお燕の清楚な美しさと気高さを描いた舞台は、日韓両国で絶賛された。
 「国と国のあいだで、こういう思いをして生きた人がいたかもしれない。役柄をひとりの人間として思う時、好き嫌いではなく、この役を演じる使命感のようなものを感じます。『アテルイ』も、『つばめ』と同じように血が騒いだ舞台。自分たちの血に脈々と流れる東北のルーツを思えば、私たちは命をつないでいくんだと心が燃える。役者は、わくわくすることを舞台でやっているんだと思う」
 そんなヒロインに魅せられて、わらび劇場は多くの観客でにぎわう。公演は数カ月に及ぶ長丁場だが、時間とともに見えてくるものがあるという。
 「舞台ははかないものだけれど、永遠なもの、普遍的なものが、はっきりと見えてくる。どの日のどの舞台であっても、普遍的な美しさ、おもしろさ、純愛などは観客の心を打ちます。それは本来、人間が求めている真実なのだと思う。役者とは『生きかわり、死にかわりして、打つ田かな』(村上鬼城)。演劇も田んぼもすべて同じこと。何度生まれ変わっても、いつでも、真実を見つめて耕していきたい」

(2009.6 Vol76 掲載)
顔写真

つばき・ちよ
仙北市(旧田沢湖町)生まれ。わらび座俳優の父と元スタッフの母のもとで育ち、幼少より民族舞踊、日本舞踊、バレエ、ピアノなどを習う。角館南高等学校卒業後、わらび座へ。これまで、わらび劇場ミュージカル「男鹿の於仁丸」「龍姫」「アテルイ」「つばめ」「小野小町」など数々の舞台でヒロインを演じた。2006年坊っちゃん劇場(愛媛県東温市)のこけら落とし公演・ミュージカル「坊っちゃん!」でマドンナ役を務め、2009年4月から7月まで同作品をわらび劇場で公演中。仙北市在住
わらび座  http://www.warabi.jp/