いとうまゆタイトル

  近代建築であるはずのマンションに、申し訳程度とはいえ和室を作ってしまう感覚。その和室にテーブルを置いてしまえるしつらえ。桜が待ち遠しいのに、いざ咲いたらブルーシートを敷いてしまう心。「とりあえずビール」なのに、「それじゃ熱燗」と言ってしまうこと。ジーパンを履いて、畳の部屋でソファに座って緑茶を飲む日常…。
 考えてみればおかしな習慣を混在させながら、当たり前のように暮らしている日本人。日本の社会は多層的なのか、雑多なのか。「そんな混沌とした日本がいとおしい」といい、Tシャツ姿で墨を擦って絵を描く。


混沌とした日本を描く

 「ベースにあるのは、あくまでも古典的な日本画の技法。昔の技法を使って、昔の絵画を現代の視点で再構成します。そこにユーモアを少し入れて、見る人をクスッとさせる。自分は美術の中のお笑い担当だと思っています」
 日本画ならぬ「ニッポン画」だ。古典的ながらもポップで、新鮮。内向的な日本画ではなく、外向的な現代美術。ひとつの絵画に謡曲や伝説、昔話など語り継がれてきた文化を取り入れ、幾重にも意味をちりばめて描く物語性。古典と現代とが融合した姿は、混沌とした日本の世相でもある。
 例えば、古典的な老松の絵と共にカーネルサンダーを描いた屏風。満開の桜が咲き乱れる風景に信号機を描いたり、尾形光琳「紅白梅図屏風」をモチーフにした水流が清涼飲料水の缶の口から流れていたり…。そこに物語を持ち込み、さまざまな「秘密」を内包して表現されるのがニッポン画の魅力のひとつ。多層的で混沌とした日本社会へのおかしみといとおしさが根底にある。
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古典的な技法にこだわる
 作家として日本画の古典的な技法を操るが、もともと日本画そのものを志していたわけではない。現代美術をするために美大を目指したわけでもない。それは油絵志向だった3年間の浪人生活中のこと。基礎的なデッサンを続ける浪人生たちに向かってある日、美術教師が放った言葉がきっかけだった。
 「デッサンって、本当に面白いか?」
 その日から現代美術のレクチャーが始まった。与えられた課題に対して表現方法を考え、コンセプトを組み立てていく。誰もしたことのない表現をしたいと模索しても、どれもすでに同じ手法で試みられた後だという悔しさ─。あまりの面白さに試験勉強をする暇などなかった。
 「当時は現代美術を教える大学はなく、油絵をドロップアウトした人がやるようなイメージでした。でも現代美術のやり方を実際に教わってしまうと、もともと目指していた油絵自体にも疑問を抱いて、自分たちの表現のルーツにより近づけるのではないかと日本画を選びました。急な方向転換だったので、届いた受験票を見て母親が驚いたほどです」
 入学後は日本画独特の世界に馴染めず、のめり込んでいったのが能楽の世界。稽古に明け暮れ、まるでかばん持ちのように能楽師に付いて回る日々。そして故・観世栄夫氏が能楽師でありながら現代演劇や映画を演出するなどして活躍する姿や、友人でもある若手の狂言師たちが古典を現代的な演出で上演するのを目の当たりにしていく。
山本太郎2 「通常の日本画は高尚になってしまい、現代と地続きの感覚で見ることができなくなってしまった。能楽や狂言で古典を現代的に演出する表現方法を見て、今の日本画よりもっと古典的な近代以前の日本画の古い技法を使って、現代を表現できるのではないかと思ったんです。現代美術というのはルール無用で、表現方法が幅広い。でも自分は古典的な技法を用いることを柱にしながら現代的に表現していきたいという思いがありました」
 そして大学3年のときに生み出した概念が「ニッポン画」だ。ルールともいえる大きな柱は3つある。「現在の日本の状況を端的に表現する絵画」であること。「ニッポン独自の笑いである『諧謔(かいぎゃく)』を持った絵画」であること。そして「ニッポンに昔から伝わる絵画技法によって描く絵画」であること。大学の日本画の教授陣には「嫌みすら言われたことがなく、指導どころか言葉を発せられたこともない」という独自の絵画が誕生した。

絵画で場をことほぐ
 秋田県立近代美術館で開かれた「ジパング展 沸騰する日本の現代アート」には静と動、陰と陽ともとれる2つの作品が並んだ。ひとつは「白梅点字ブロック図屏風」。謡曲「弱法師(よろぼし)」を題材にした二曲一双の銀地の屏 風に見頃を迎えた白梅が咲く。そこに左端から梅の香りに導かれるように杖をついて歩いてくる盲目の弱法師の手と着物の袖。白梅の下へと導く点字ブロック、そして電信柱。物語を秘めながら画面に「間」をとり、余白の中に梅の香りが漂うような静かな作品。
 一方の「花下遊楽図」の屏風は華やかで明るい。満開の桜の下にブルーシートがリアルに敷かれ、女性たちが楽しげに奏でる和楽器の音色に子どもたちが踊り出している。ここに秘められているのは源氏絵だ。『源氏物語』に登場する女性たちを和楽器奏者の女性たちに当てはめ、ブルーシートに置いた缶ビールにも意味合いを込めた。鑑賞するだけでなく、秘められた謎を解くのも楽しい。
 「絵画は見た目も重要ですが、物語を入れ込んだり、内面的なものを醸し出したり、クスッと笑える部分を入れるなどレイヤー(層)をいくつも重ねていきます。そうすることで絵画がまた変わっていく。それを人工的な色ではなく、昔の人が手にしていた色数の少ない、限られた岩絵の具を使って描いていく。ユーモアがあって、お能や狂言のようにその場をことほぐような絵が描けたらと願っています」
 静かに墨を擦り、絵画を描くときはTシャツ姿で。あるときは長身の体に着物をまとい、地下足袋風のスニーカーを履いて街を歩く。古典と現代との融合を目指す男が「ニッポン画」を地で行く姿が、潔い。

山本太郎1

(2013.12 vol103 掲載)
やまもと・たろう
1974年熊本県生まれ。熊本県立熊本高等学校、京都造形芸術大学美術学科日本画コース卒業。伝統的な日本画の技法を用い、日本の昔の絵画を現代の視点で再構成した「ニッポン画」を提唱。学生時代から個展やグループ展の開催、現代美術賞への入選などで注目を集める。2007年、新人画家の登竜門とされるVOCA賞を日本画家として初めて受賞。現在、京都、東京、秋田を拠点としながら国内外で活躍が続く。作品集に『ニッポン画 物見遊山』(青幻舎)。13年から秋田公立美術大学准教授(アーツ&ルーツ専攻)。秋田市在住
山本太郎のニッポン画大全
http://www.h7.dion.ne.jp/~nipponga/